2009/7/9(木)
≫≫ 松江のシンボル 松江城 ≪≪
皆様こんにちは。今回は【松江城】【武家屋敷】【小泉八雲旧居】【明々庵】と歴史的建造物の多いエリアで『アルファステイツ黒田町』の建つ【城西エリア】の中から【松江城】についてお話します。
◆◇◆◇◆◇◆ 松江城 ◆◇◆◇◆◇◆
松江城は国の史跡に指定され、今では松江城山公園として整備が行き届いている。大手に面して、堀越しに眺める二層の南櫓と一層の中櫓はなかなか絵になる風景。この2つの櫓とそれにつながる一層の太鼓櫓は二ノ丸跡に平成13年に復元されたもの。
大手木戸門跡から入城すると広々とした馬溜跡。一辺46mほどのほぼ正方形の平地で、出撃する際に兵を集めて馬揃えする機能を持っていたことからこの名がつき、2つの井戸跡が残っている。
大手門跡を通ると二ノ丸下ノ段。往時は米蔵が建ち並んでいたところで、二ノ丸の石垣に沿って植林された木々の美しい広場となっている。下ノ段から二ノ丸跡に上ると本丸跡の見事な石垣が目を奪う。高石垣の上にそびえたつ天守の姿はなかなかのもの。
三ノ門跡、二ノ門跡、そして復元された一ノ門をくぐるといよいよ五層六階の天守に至る。山陰地方で唯一現存する天守で国の重要文化財に指定され、その平面規模は姫路城に次ぐ広さを持つ。
一・二層が黒塗りの下見板張り、最上階が遠見櫓で望楼式の実戦本意の質素な造りで、桃山時代初期の質実剛健な姿をみせ、その屋根の特徴から千鳥城の別名がある。木彫り青銅張りの鯱(しゃちほこ)は高さ2mもあり、現存する木造のものでは日本で最大のもの。
また、天守入口の付櫓も珍しい。天守の防備を固くするために付けた櫓で、入口には鉄延板張りの大戸がある。
天守地階は籠城用の生活物資の貯蔵倉庫で、中央には深さ24mの井戸が残っている。天守内部の階段は急勾配ですべて桐材で造られ、階段を引き上げたり、防火防触のために桐を使用したもので他の城では見られない松江城独特のもの。柱は小さな板を寄せ合わせて鉄輪で締めて強靭なものとし、堀尾吉晴苦心の作といわれている。
天守内部には甲冑、刀剣類から火事装束など松江藩ゆかりの品々が数多く展示され、最上階からは松江の城下と宍道湖が一望できる。
天守を支える石垣はごぼう積みで、一見粗雑にみえるが、石組みとしては最も頑丈な積み方である。
天守の北側には昔、馬を洗ったということから名前の付いた「馬洗池」が残る。このあたりに残る本丸跡の苔むした石垣は大手とは異なった趣がある。
かつて家老屋敷と城内の脇虎口ノ門を結ぶ重要な橋であった北惣門橋が平成6年に木造で復元されている。
松江城をめぐる内堀(堀川)はほぼ往時のままの姿をとどめているので、遊覧船で堀川めぐりをし、北惣門橋をくぐればひとしお感慨深いものとなるだろう。
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